そうそう、そうだった。
ICTの先進校と言ったって、今から25年ほど前のことだ。
まったく今と状況は違う。
ただ似てるなあと思うのは、今、探究的な学びが着目されているが、当時、総合的な学習の時間が導入されるという動きがあったということだ。
総合的な学習の時間について、当時の私は懐疑的だった。というか、できるわけないじゃんと思っていた。教科書があっても、うまく教えられない教員がたくさんいるのに、何でもどうぞ、教科書もありません・・・うまくいくわけがないと。
そこで、考えたのが、これは本にも書いたことがあるのだけど、「学校にプロデューサーが必要だ」ということ。今、振り返ってみても、これが私の教師人生のターニングポイントだった。
私が白羽の矢を立てたのは、当時、名古屋の金城学院大学にいらした藤川大祐先生だ。この人選も素晴らしい。そう、私は教育に関しては人を見る目があると思っている。
結果的に、藤川先生は名古屋から京都の宇治まで何度も足を運んでくださった。藤川先生と相談する中で生まれた実践が「学校のCMをつくろう」だった。
テレビのCMを何本も見て、自分たちの心に刺さるCMを分析する。そして、CMの脚本をつくり、ビデオ撮影する。それをコンピューターに取り込んで編集し、1分ほどのCMを作り上げるという授業だ。
今なら、動画撮影も編集も簡単なことだが、今から25年目・・・である。これはICTを使った最先端の授業だったのではないかと思う。
この時、学校には必要な機材が何一つなかった。デジタルビデオカメラは教材会社から借り、ビデオ編集ソフトも購入する必要があった。この時、機材を揃える必要性を強く感じたのである。
今もそうだが、ソニー教育財団は応募さえすれば全員にソニー製品をいただくことができるのだ。もちろん、個人にではない。学校にだ。
https://www.sony-ef.or.jp/program/
たぶん、この実践がきっかけで、ソニー教区財団に応募したのだと記憶している。そして、幸いにも努力校に選ばれたのだ。当時の賞品は、デジタルカメラだったか、デスクトップパソコンだったか・・・うーん、忘れた。
話を「学校のCMをつくろう」に戻そう。
この時、子どもたちが選んだのは「空き教室にデイサービスがある小学校」だった。そして、起承転結の4場面に分けて展開を考え、脚本を作った。
そして、実際に撮影を始めた時、「転」の箇所として考えた「お年寄りが元気になり、楽しくみんなで踊る」という場面が、どうしてもうまくいかなかったのだ。
それは、映像としてイメージしていた「コミカルな踊り」が実際に自分たちでやってみようとしたとき、恥ずかしさなどもあって、どうにもキレのある動きにならない。
様子を見てると、子どもたちは自然に円になって、
「自分たちで決めたことだからやりきろう」
「みんなでやるんだから大丈夫、恥ずかしくないよ」
「がんばろう」
などと、声を掛け合いだしたのだ。
そして、その後、自分たちの思っていたダンスと歌が撮影でき、飛び上がって喜んでいた。
その時、私は思ったのです。
「これやん、自分がやりたかった授業は、教育は。みんなで一つのものを創り出す。これを追求しよう」と。
コンピューターでの編集等は金城学院大学の学生が子どもたちの意見を聞きながら手伝ってくれたのを覚えています。
この実践は、その後、図書館用の本に紹介させてもらいました。
起承転結をもとに子ども達が考えた映像は、こんな感じです。